実は私、かれこれ4年になりますが、脳梗塞で倒れまして直ぐ救急病院に運ばれまして手当てが早かったためお陰様で順調に回復しまして多少の後遺症は残りましたが外見ではわからぬほどまでになりました。
仕事のほうも無理をせず大分減らしましたが、出来る範囲内で頑張っておりますが、震災の後遺症だけは永久に回復しないでしょう。
またこの度は、奈良県の浦嶋三四様からのちぎり絵、本当にありがとうございます。見知らぬ方々からの励ましの言葉やこのような形のあるものまでいただき本当に有難く涙がこぼれる思いです。
どうか事務局の方からくれぐれもよろしくご伝言くださいませ。
(2004年2月17日)
今思えば、あの大震災も、なぜか遠い昔の様に思えてなりませんが、3年半の仮設生活は昨日の様に思われます。あの時は、何かに付け苦しい生活を強いられましたが、全国の皆様からの暖かい励ましで、やっと自宅再建、今では何とか元気に頑張って居ります。仮設当時一緒に居られた方々とも仲よくし、自立してからもお互いに尋ね合い、其の時の話に花を咲かせ大変よい思い出になって居ります。
さて此の度、埼玉県の古川飛祐様からのメッセージ有難うございます。皆様から励まされなんとか自立出来た私共が、人様を励ますなんて夢にも考えて居ませんでした。私が今、此の年齢になっても働けるのは、自分から言うのは、おくがましい事ですが、いつの時も真面目に働き、信用の御蔭と思って居ります。これからも親から貰った生身の体を大事にして信用第一に、体を続く限り働くつもりで居ります。
(1998年8月1日)
毎々、全国の皆様から勇気付けられて参りまして、仮設生活3年余、此の9月に旧住所に新築転居致しました。新築と言っても、莫大な借金を背負い、これからが思いやられますが、そんな事言って居れません。体の元気が取柄で、現在も腰にペンチ、ドライバーを吊り、現場に出て頑張って居ります。
先般いただきました、ひまわりの種、早速、仮設住宅の横に植えました所、立派に成長し、3m以上にものび、立派な大輪を付けました。
私もひまわりに負けず、頑張ります。折がありましたら、全国からはげまして下さった皆様によろしく御伝言下さい。
(1998年9月2日)
震災の丁度10年前に市の区画整理で私有地の一部を無償で市に提供し、わずかな家の改造費を貰い(強制的に)、年齢のことも考え思い切って大改造して、やれやれこれで安心と思った矢先の震災。家屋は瞬時にして全壊。今は仮設住宅で何とか生活している次第です。
震災時援助金として24万円は市から貰いましたが、その程度の金では見る間になくなりました。仕事の方もやめるわけにも行かず、未だに腰にペンチ、ドライバーを吊り、現場で働いています。その後、何かと援助金の支給があるように聞きましたが、いろいろと制限があり貰えない様な状態です。例えば老齢基礎年金を受給しているとか。生活保護を受けている人は、私達よりぜいたくな暮らしをしている人も何かにつけていろいろと援助を得ている。その辺をしっかり調査して公平にして貰いたい。
現在猫の額ほどの私有地があるため、家を建てる計画はしているが、自己資金もなく、莫大な借金を背負わねばならない。年齢からして簡単に借り入れが出来るか、借りても何年掛かってどのくらい返せるか、考えれば考えるほど毎日が憂鬱です。一日も早く政府からの援助を期待しています。
(1997年9月10日)
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