木下 広志さん(仮名)

  (住所:神戸市 性別:40才男性 職業:自営業)


  あけましておめでとうございます。
  いつも手紙を送って頂き、ありがとうございます。
 最近は阪神大震災の記憶が薄れてきて、「かみひこうき」さんにお話しするような事はあまり無いというのが現状です。

 一方で、東日本大震災の被災者のニュースを見るたびに、私達と同じ思いで過ごしているんだなあと、シンパシーを感じます。加えて福島の方は原発事故が起こり、地元に帰ることが出来ない状況に置かれていて、本当に辛いだろうなと思います。
 最近でも大きな地震が続いていて、速報をテレビで見ると不安になります。

 関西でもまた大きな地震が起こることを想定して、防災に備えなければいけないと、心をひきしめて生活していきたいと思います。今年は本当に天災が多い年でした。台風や地震が相次ぎ、もう今年も終わりと言う時にスマトラ沖地震が起きました。被害者が6万人を超えると聞き改めて今回の地震の大きさに驚いています。ニュースで見ると、日本人の観光客も大勢被害に遭われたようで他人事ではないと感じています。
(2013年1月5日)


  来年は阪神大震災から10年ですね。僕にとっては被害がそれほど少なかったからかもしれませんが、あっと言う間の10年でした。
 正直、震災後はボランティア等の社会活動にも積極的に参加していましたが、最近は震災の記憶が風化してしまい、思い出す事も少なくなりました。その中でずっとメッセージを送り続けているかみひこうきのスタッフには頭が下がる想いです。
 来年は10年の区切りを迎える事で改めて阪神大震災から何を学んだのか考えたいです。
(2004年12月29日)


 ようやく冬の寒さが和らいできたこの頃、いかがお過ごしでし ょうか。

 昨日浦嶋さんからのちぎり絵が届きました。 とても素敵な絵で額まで付けていただき感動しました。 いつも綺麗な絵を送っていただき有難うございます。
 早速、玄関に飾らせてもらいました。 暗い玄関が華やぎました。

 浦嶋さんもかみひこうきのスタッフさんも、季節の変わり目に はお体に気をつけてお過ごしください。
(2004年2月17日)


新年明けましておめでとうございます。
 お手紙ありがとうございました。本年も宜しくお願いいたします。

 今年はどんな年になるんでしょうか。うちの商売も不況のせいなのか、あまり忙しくない日が続いています。せめて去年よりはいい年にしたいと考えています。
 皆様も体調に留意していい年にしてください。
(2003年1月2日)


残暑お見舞い申し上げます。
 すてきなうちわを送って頂き、有難うございます。
 今年の暑さは本当にたまりません。僕は汗かきなので、 服がすぐびっしょり濡れてしまうのです。

 住んでいるところのすぐそばにW杯のサッカー場が もうすぐ完成します。地下鉄も開通して、地震前とは ガラッと様子が変わってしまいました。
 新知事が決まり、どのような県政をしていくのか見守って いきたいと思います。

 それではまたお手紙を書きます。夏バテしないように 留意なさって下さい。
(2001年8月14日)

前略 奈良県の浦嶋三四さんからのちぎり絵、届きました。
 赤いカーネーションでした。赤い花がとても鮮やかです。浦嶋さんありがとうござい ました。部屋に飾らせてもらいます。

 寺崎千鶴さんや上杉謙信さんのメッセージも読みました。確かに現在、震災報道は皆無といっていいと思います。これは自分や身内が被災しない限り、結局は他人事にしか感じないというのが僕の本音です。「早く忘れましょう。」といったメッセージが有りましたが、忘れられるわけないです。頭で忘れようと思っても体や心が覚えているんですから。未だに体全体がふわふわゆれている感じが抜けないし、「地震速報」 のテロップを見る度どきどきします。

 大切な人を亡くされた人達に「忘れろ」なんて言えるでしょうか?。報道されないけれど、雇用問題やマンション立て替えや火災保険に関する裁判は今でも続いていることからも震災が終わったとは思えません。

 最後に具体的な提案をするようにとのことですが、僕の経験上言えることは、メガネは手元に置いておくということです。ド近眼なので、メガネがなくなってしばらく裸眼でいたのですがあれは本当に辛かったです。誰かが言っていましたが、「メガネを失うことは自分の目を失うことだ」ということを実感しました。メガネやコンタクトを使っている人は、寝るときはケースに入れて枕元に置いておくことをお勧めします。

 それではまたお手紙を書きますね。
(2001年3月13日)

 明けましておめでとうございます。
 年賀の挨拶をくださりありがとうございます。
 みなさんは体調にお変わりありませんか。私は昨年からずっと風邪ぎみです。
 また1月17日が来るんですね。あの日からもう6年も経ったと思うと不思議な気持ちです。長いようでもあり、短いようでもあります。
 今年は神戸市や民間でいろいろな行事が行われるそうなので、どんどん参加しようと思っています。
 これからも「かみひこうき」にメッセージを送っていこうと思います。よろしくお願いします。
(2001年1月4日)

 暑中お見舞申し上げます。今年の夏は特に暑く感じます。体調をくずしてはいませんか?うちわを送っていただきありがとうございました。
 5年も経ち、防災意識が薄れているようで「かみひこうき」が送られてくると、こんなことではいけないな、と感じます。今、三宅島、新島で地震が多発していて、テレビで地震速報のテロップを見る度 にドキッとします。頭で忘れていても体のどこかであの震災の恐怖を覚えていること を実感します。

 神戸の王子動物園にこの夏パンダが中国からやってきました。復興の願いを込めて 「興興(こうこう)」と日の出を意味する「旦旦(たんたん)」の二頭です。今度時 間があれば見に行こうと思っています。 それでは、又。
(2000年8月1日)

 連日、報道される北海道の有珠山の噴火活動を見て、他人事とは思えず「かみひこうき」に自分の想いを送ります。地震や火事等の自然災害に対しては、人間はどんなに頑張っても、たちうちできないことは知っていますが、今回は事前に予知をして早急に避難して被害を最小限にくい止められたことは、本当に良かったと思います。
 それから、避難されている方達に向けてのメッセージです。僕も、阪神大震災の時に近くの学校へ1週間ほど避難していたから、みなさんの気持ちは充分理解できます。いろんな不安でストレスがたまったり、ライフラインが途切れた事から起きるいろんな不都合に行き場のない怒りを覚えたりと、とても大変でした。それでも仲間の人やボランティアの人に助けてもらいました。
 みなさんも苦しい環境だし、これからもっと辛いことが起きるかもしれませんが、必ず夜のあとには朝がやってきます。多分全国の人が応援していると思います。一日、一日を大切に自分を見失わないように暮らしてください。
(2000年4月13日)


明けましておめでとうございます。いつも「かみひこうき」を 送っていただき、ありがとうございます。

 先日のサンテレビの件は、私自身が口下手ですごくあがり症 なもので、断ってしまいました。申し訳ありません。「かみひこうき」はこれからも書いていきたいので、よろしく お願いします。その代わりというのも変ですが、母親がインタビューを受けました。当日私は逃げていたのですが、母はカメラにも怖じ気ずべらべらしゃべって、インタビュアーの方が驚いていたそうです。私が「かみひこうき」を紹介したのですが、今は母親の方が熱心になっているようです。

 さすがに5年も経つと書きたい事がなくなってきますが、今回の2000年問題で日頃の水や食料の保存等、危機管理を忘れていた事に気付きました。幸い大きな事故が起こらず、ほっとしましたが、5年が過ぎて、ルミナリエや防災対策等新しい段階へ変化する時期が来ているのかなあと思います。インターネットでのみなさんの意見が知りたいです。
 今年の1月17日も各地で行われる追悼行事に参加するつもりです。では、またお手紙します。
(2000年1月2日)


 久しぶりに書きます。手紙を書く時間はたくさんあったのですが、特に書きたいことがなかったというのが理由です。
 神戸空港は着工してしまい、大雨が降るたび、あふれ出してしまう新湊川など、まだまだ問題はあると思いますが、どこかであきらめてしまったような感じです。
 それでも、一方で復興が進むなか、いまだに取り壊されずにくずれたまま残っているビルや更地を見ると、複雑な気持ちになります。
 先日、淡路島へ行き、北淡町の野島断層保存館を見学しました。6千人以上の命を奪った断層を見ていると切なくなりました。断層の真上に建てられた家もありましたが、家具が倒れ乱雑な台所を見ている内、当時の恐怖がよみがえってきました。来年開かれる「あわじ花博」で淡路島へ来られた方は是非見学してみて下さい。
 最後に、メッセージをくださった埼玉県の古川飛祐さん、ありがとうございました。それまでにもメッセージを送って下さった、たくさんの人々にも感謝します。
(1999年9月16日)


 最近は、なかなか自由な時間が取れず、「かみひこうき」にメッセージを送ろうと思いながら、しばらく書けずにいました。
 99年になり、震災から5年目を迎えました。5年も経つと、マスコミや被災地以外の人の震災に対する思いが薄れ、ほとんど神戸のニュースを聞かなくなりました。神戸だけでなく、奥尻や普賢岳の事も含めて、防災について定期的に報道して欲しいと思います。

 17日の当日は、市役所の南にある東遊園地と長田のピフレホール前で行われた「KOBEに灯りをともす会」の追悼行事に参加しました。中に水を張った竹筒にローソクを浮かべ、「1.17」と「KOBE」の形に並べたものに火を付けていきました。ローソクの小さな炎を見ていると、停電になり灯りの大切さを知った当時の事が思い出され、胸が熱くなりました。

 これからも時間の許す限り、「かみひこうき」にメッセージを送りたいと思います。
(1999年1月19日)


 「かみひこうき」プロジェクトの皆様、そして「かみひこうき」のホームページを見ている方々へ。残暑お見舞申し上げます。
 久しぶりに手紙を書きます。
 まず初めに暑中はがきを送っていただいた奴賀さん、いつも神戸のことを気にかけて、素敵なメッセージやひまわりの種を送ってくださり、本当にありがとうございます。
 以前、送っていただいたひまわりの種は、うちの住宅の庭と、となりの仮設住宅の花だんに植えてみたのですが、1つも芽が出ませんでした。残念です。仮設住宅は人が出ていって空き家がふえてきました。仮設だから、出ていくことは当然ですけど、からっぽのプレハブを見ていると、なぜかすこしさびしい気持ちになります。
 神戸以外に住んでいる方は、あまり知らないと思いますが、今神戸は、ポートアイランド沖に建設される神戸空港の是非についての住民投票条例の制定を求める運動が盛んに行われています。私は、建設反対の立場です。推進派の人達の意見やデータは説得力や具体性に欠けると思ったし、市営空港(これが問題になっている原因です)なんだから、市民の意見をきくのは当然だと思います。  条例が制定されるかまだわかりませんが、神戸空港に注目していてくださいね。
(1998年8月19日)


 前略 久しぶりに「かみひこうき」に手紙を書きます。「かみひこうき」に届いた返事を読ませてもらいました。自分の書いた文章が、インターネットや新聞を通じて全国や外国の方にまで知ってもらえるということが、とても嬉しく、また不思議な気持ちにもなります。
 返事で、多くの方が「あの震災を忘れてしまう」と書かれていました。実際に体験していないし、あまりマスコミのほうでも取り上げないので、それは仕方のないことかなと思います。
 いい事もいやな事もやがて忘れてしまうのが、人間の長所でもあり、欠点でもあると考えます。でも、いまだに仮設住宅に暮らしている方もたくさんいますし、あの時に受けた悲しみやストレスから立ち直っていない人もいます。それらの人達との溝をすこしでもうめていくことが、これからの問題だと思います。
 僕自身ボランティアをしながら、その問題の答えを探そうと思います。
 それから、全国のみなさんへ。
 防災対策は万全ですか。防災グッズを放ったらかしにしていませんか。「天災は忘れた頃にやってくる」って言葉は、ただのおどしや、おまじないみたいなものではなく、実際に効力をもち、役立つ言葉だと思います。お返事、本当にありがとうございました。
(1998年4月25日)


 あの大震災から三年目の冬がやってきます。このごろは地震のことを思い出すことも少しずつなくなってきました。しかし、三宮のフェニックスプラザを訪れたり、いえの真下の仮設住宅を見ると、あの頃のことは本当に苦しかった、と感じます。
 12月末に行われたルミナリエを見に行ったときも、当時のことを思い出しました。ルミナリエには賛否両論ありますが、僕はルミナリエによって神戸に来る人が増え、少しでも楽しい気持ちになるなら、これからも続けて欲しいと思います。
 「かみひこうき」を見た人達からの手紙を読みました。みんなそれぞれの感想を読み、考えさせられました。少しずつでも震災のことを、マスコミなどを通じて、知ってもらえたらいいなと思います。
 97年は発砲事件や須磨の少年事件など、神戸にとって余り良いニュースがなかったけれど、98年は素敵なことがたくさん起こるようにと願っています。
 このインターネットのページを見た人は、一言でも感想を書いてもらえればうれしいです。
(1998年1月6日)


 あの日から3年目になり、神戸もようやく復興の兆しが見えてきました。中心地三ノ宮は倒壊した建物が次々と再生され、観光客の姿をちらほら見かけるようになりました。

 しかしその一方で、神戸駅から西の地区、上沢や長田はまだまだ空き地が多く、震災の傷跡を残しています。これらの地域が震災以前の姿に戻るにはまだ時間がかかりそうです。

 もし、あなたが神戸に観光に来られるなら、是非兵庫や長田にも足を運んでみて下さい。そこであなたが感じたことを家族や友人の方にお話しして下さい。
そしてその時生まれた神戸に対する想いを忘れずにいて下さい。
(1997年6月19日)









木下 広志さんへ届いた『かみひこうき』



1.馬場雅裕(OLIVES LEAF NETWORK)さん

 もう、あの日から3年目になりましたね、復興の方もかなり進んでいると 聞いています。ソフト面、ハード面の問題など、いろいろあるようですが、 今度行った時には、立ち寄らせていただきます。
 今、ボランティアという関わりをしていて、感じたことを伝えていこうと 頑張っています、そして、出来るだけ多くの方に、伝えようと、情報発信 をしています。風化という問題、関わる方は少しずつ減っていって、風化 していきますが、そんなとき、「教訓になりますように」と思いながら、 情報発信を続けています。何かの時に、思い出すようにしてもらえるよう に、関わる方は減っても、思い出してもらえれば、と思っています。
(1997年6月26日)

2.永田雅人(Wally)さん

 初めまして、私は阪神・淡路大震災でボランティアの世界に迷い込んだ者です。あれから年に3回程神戸に出かけています。
 毎回出かける度に、神戸の移り変わりと変わらぬものを感じて関東に戻っています。
 本来変わらなければならないものが変わらなくて、変わらないで欲しいものが変わってしまう・・・このもどかしさを感じながらも、私はまだまだ皆さんと語ったり遊んだり、時にはイベントを起こしたりしたいと思います。
 ですから、今後ともども「遠くの隣人」としてよろしくお願い致します。
(1997年11月18日)

3.小室 聡(茨城県日立市)さん

 木下さん、初めまして! このホームページを知ったのが、1/24(朝日 新聞の記事)でした。
 速いものでもう3年経ってしまったんですね! 私も先週は西宮から 鷹取の当たりまで歩き回っていました。 昨年は3月に行ったのですが、 その時と比べると、復興は進んでいますね! とは言っても、アパート やマンションは結構建ち並んでいますけど、まだ須磨区の方は一戸建て 住宅はあまり・・・・ とはいえ、徐々に家が新築されていますね! でも元に戻るには更に数年の月日がかかるでしょう! 我々一個人にで きる事って『がんばって下さい!』って声をかける事ぐらいしか・・・

 木下さんからのメッセージにもありましたけど、ルミナリエの件です が私の知ってる範囲では関東の方では宣伝(?)やニュースでは取り上げ られていませんでしたよ! 確か、今月特番で先月行われたルミナリエ の電飾に灯が灯されたシーンが流れましたけど、詳細は言ってませんで したよ、、、、 もし、もっと早い時期からルミナリエの事が流れてい たのならと思うと残念でなりません。

 最後になりますが、昨日行った 時私なりの大きな発見がありました。仮設といえば、プレハブと頭に きますけど、今時バラックに住んでいる人もいるのですね! これには 驚きました(JR鷹取工場裏の中島公園にある!) 驚きました!! この風景が目に入った時から行政への憤りが増したのは言うまでもあり ません。 長田の方がTVのインタビューにも答えてましたけど、 『関西以外からも神戸に来て下さいって言ってました。(SUN-TVだと思 う)』まさに、本当ですね! 私も僅かではありますが、神戸に外貨を 落としてはきましたけど。。。。。 速く元の神戸に戻ってほしもの です。 甦れ神戸!!
(1998年1月25日)

4.古川飛祐(埼玉県)さん

 全ての人に伝えたいようなメッセージです。私は今まで「自分には何ができるのか」と考えてばかりで、自分の思いやわずかながらボランティアに携わった経験などを周りに伝えようとはしませんでした。まず私にできるのは、神戸を見つめる自分の気持ちを、できるだけ多くの人に伝えることだと気づきました。ありがとうございます。若々しい力に満ちたお言葉は、大勢の若者の心に届くことでしょう。私も努力します。御健康をお祈りいたします。
(1998年2月1日)

5.古川飛祐(埼玉県)さん

 こんにちは。1997年6月〜1998年8月のかみひこうきを拝見しました。新聞でかみひこ うきが紹介された時、木下さんの「もし、あなたが神戸に観光に来られるなら・・・」 という部分が載っていて、心を動かされました。私はFAXで皆さんのお手紙を読ま せていただいているのですが、こうして神戸の木下さんとお話が出来るのですから、 かみひこうきはまったくすばらしいプロジェクトです。どうかこれからも全国に呼び かけて下さい。私もそれを受け止め、さらに遠くへ伝え、皆が共に生きていけるよう 努力します。お体を大切になさって下さい。
(1999年8月21日)

6.古川飛祐(埼玉県)さん

 こんにちは。メッセージをいただき、ありがとうございました。神戸空港は着工してしまいましたね。大雨の度にあふれてしまう新湊川も、とても心配です。いまだに崩れたまま残っているビルや更地と、それを見る木下さんのお気持ちを想像してみています。
 淡路島の北淡町にあるという、野島断層保存館、そちらへ行った時には必ず見学したいと思います。インターネットを利用して、たくさんの人に木下さんのお手紙を読んで欲しいですね。そして、大勢の人に来年のあわじ花博を見学してもらいたいものです。被災された方々に、共感し続けて欲しいのです。
 木下さんと、木下さんにメッセージを送られた方々のご健康を心よりお祈りします。
(1999年10月10日)

7.古川飛祐(埼玉県)さん

 こんにちは。お元気でいらっしゃいますか?
 こちらでは年が明けてから二度雪が降り、一方で春の花が咲き始めています。私は軽 い風邪をひいていますが、「かみひこうき」を書く時間が得られたと思っています。 良い一年になるようお祈りします。
(2000年1月23日)

8.浦嶋三四(奈良県)さん

 下手なちぎり絵を飾って下さっているとの事、恥かしいですが、感謝して居ります。お便りをありがとうございました。
 仮設住宅がとり壊され、皆さま方がそれぞれ安定した住所を求めることが出来、ほんとうに良かったと思って居りますが、心の中はいかばかりかと案じております。大切な人々、また、住居、何もかも無くされた方もおられますもの。
 仮設住宅がどんなところか、とり壊されている時見せて頂きました。冬は寒く、夏は暑く、大変でしたでしょう。
 どうぞ御身大切にお過ごし下さいますように。
 お便り頂きほんとうにありがとうございました。
  (2001年5月8日)



木下さんへ『かみひこうき』を送る

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