このページはかみひこうき投稿者佐治守さんからのご依頼により、ボランティアグループ“アマンの会”の山田征さんのお手紙を、山田さんの了解のもと、転載しています。



テロにやられたアメリカ、とアメリカによる報復テロ行為を思う…


 アメリカでのあのテロ事件が起きてから、早いものでもうひと月以上になってしまいました。あれ以来、心の落ち着かない毎日が過ぎていきます。ことに今月七日、アメリカによる"報復テロ"、とでも呼びたいような報復行為が始まってからは、何か腹がたつ、というよりは、とても空しく心がカラカラに乾いていくような気がしてなりません。

 あの第二次世界大戦が無条件降伏、という形で終わりとなりましたが、日本人の犠牲者だけでも数百万人、巻き込んでしまった多くの国の人々のその数は、二千万人を越すといわれます。そんなにも沢山の人々の生命を奪い、人生を狂わせてしまった戦い、戦争というものがやっと終わって五十数年、その戦争に狩り出され、戦場に出て生き残った人々もすでに年をとり、亡くなってしまった人の数はどれほどになるでしょうか。そしてその頃まだほんの子供だった私なども、もうすでに六十才を越しました。あの頃の記憶もはるかに遠のきつつあります。そしていわゆる、"戦争を知らない世代"といわれる人々が社会の中心的存在となり、一年また一年と年を重ねる毎にそれらの人々もまた、第一線から押し出され世代交替となりつつあります。日本が、人と人が公然と殺し合うことをやめてから五十六年余の年月を経た、ということは、どんなに素晴らしいことだったことかと、心から思わずにはいられません。でもいま、その状況がガラリと変わろうとしていることに、私は心底悲しく、怯えてしまいます。

 日本がそのようにして人の殺し合いをやめていた間も、世界の各地では絶えまなく戦火が続き、沢山沢山の人々が犠牲になってきたこともまた事実です。しかし、どう思われるでしょうか。そのようにして亡くなっていった人々は、その人自身、戦うことを欲したのでしょうか?ほんとうに戦争を欲しがる人々は、いつの時代もいつの時でも、いつもいちばん安全地帯にいて、亡くなる人々の痛みも苦しさも哀しみも何も知らずに、何も知ろうともせず、感じようともせず、その時その時の戦果のみに一喜一憂していたのではないかと思います。今度のことも私には全く同じように思えてなりません。今度の報復テロ行為でいちばん得をする人、喜ぶ人は誰でしょうか?表向きは一部の過激者による残虐なテロ行為、という形をとってはいますが、その陰のまたその陰に、ほんとうにほくそ笑んでいる一握りの人々がいることを私は思わずにはいられません。戦いがあればあるほど、長びけば長びくほど喜び得をする人々が、どの戦さの時にも在ったのだと思います。私はタリバンのことはよく知りませんし、このようなテロがいいなどとは全く思いもしませんが、ありとあらゆる武器を大量に、しかも大っぴらに使うことの出来るこのような絶好のチャンスを、心から待ち望んだ影なる人々がいることを信じて疑いません。

 いま日本も、これまでのあらゆるものをかなぐり捨て、そのおぞましい報復テロの戦火に身を投じようとしています。なんとバカな、愚かなことか…、と心から思うのです。ほんとうに戦場に行くのはいったい誰でしょうか?参戦することをいち早く決めてしまったそれぞれの国の指導者たち、その息子たちはいまどこで何をしているのでしょうか?「多少の犠牲は仕方がない」というのなら、まず言った本人やその息子たちが戦場の第一線に立てばいいのです。ひとつの就職先として選び、自衛隊員になった若者もきっと多いはずです。その若者達はいったいどんな思いで、首相の言葉を聞いたでしょうか。若い人達、もう二度と再び殺し合いの場に出かけて、命を散らすのはやめてほしい。心からそう思います。

 私は自分の孫たちのことも思います。男の子と女の子と二人づつ、四人の孫たちです。この子達に二度と再び、私が幼かったころのような思いをさせたくはありません。この子たちが大人になった時にももちろん同じです。エゴと言われてもいいのです。そんな社会であってほしくないと思います。そんな思いを抱き続けたからこそ、この数十年をほんとうに沢山の出来ごと、活動にかかわり続けてきたと思います。そんな社会になりませんように、人が人にだけではなく、他の多くの生きもの達の生命も、ただ無節操に殺めることがありませんようにと、一生懸命動いてきました。それがいま、なんとあっけなく、ガラガラ崩れ去っていくのでしょうか…。

 この数年、いえもっと長い年月、さまざまな国々に出かけていき、そこに住むほんとに沢山の貧しい人々の暮らしを見てきました。そこにある大きな格差、貧富の差をみるにつけ、いったいこれはどこからくるのか、生れるものかと思い続けてきました。ほんとうに人が人らしく、そして自然の中の一部、一員として、心を尽くし節度ある生活、生き方を選んでいたならば、決してこんなことにはならないでしょうにと、ことあるごとに思います。この地上には、さまざまに宗教的な教えを基盤にする国々も多い中で、なんと絶えまなく、人は人を殺し続けてきたことでしょうか。アメリカ大統領などはその就任式の時、聖書に手を置き、誓いをたてます。いったい宗教というものは何の役割を果たすものなのか、と思うことがよくあります。人の歴史は争いの歴史、殺戮の歴史、そう言ってしまってもおかしくないようです。いまこの地上で、そのような殺戮兵器をいちばん多く研究し開発し製造し、世界に売りまくってきたのがアメリカ、という国ではありませんか。つい最近もアメリカは、その"武器産業"を我が国の基幹産業であると公言し、国連での大量殺戮兵器縮小を決議する会議の場からも、「我が国の経済が冷えこむ」と言って抜けてしまったというわけです。生物兵器、化学兵器、核兵器、そしてまだ世界各地の土の中に埋められている"地雷"という恐ろしい兵器も、いちばん多く開発し製造し販売しているのがアメリカです。過去になされた、例えば広島、長崎に落とされた原爆の時もそうでした。ベトナムでの枯葉剤、イラクやユーゴへの劣化ウラン弾やその他のあらゆる兵器、自国の兵士まで実験の場に晒しながら研究開発し、そしてまた戦場で実際に使用し実力を試し、の繰り返しではありませんか。こんなこともう沢山だ!!とは思わないでしょうか。武器産業にとって、戦場はまたとない市場であり消費地です。表向きの大義名分だけで見ていては、本当のことを見失い、知らぬまに私達は共に加害者となり、犠牲者となってしまいます。

 私はこの国に、そしてこの地上に生れてきた自分のまだ幼い孫たち、そして地上のありとあらゆる国々、地域の人々、ことに子供たちのことを思わずにはいられません。平和ぼけでもなんでもいいではありませんか。どうぞもう戦いのない国、地上となりますようにと、心から願い祈らずにはいられません。地上にはあまりに理不尽なことが多すぎます。あまりに不公平で悲しいことが多すぎると思うのです。そして人々はあらゆることにあまりに無関心すぎるのではないでしょうか?ですから一旦、こうした世にもギョッとする出来ごと、事件が起きた時、その背景、裏がわにある本当のいきさつ原因を見ることもなく、眼に見える映像と流されるニュースだけでの一方的な判断になってしまうのだと思います。つまりそのことこそが、"平和ボケ"、と呼ぶにふさわしいことではないでしょうか?世界中に満ち溢れている苦しみと悲しみ、そのあげくに辿りつく怒りの感情が形になった時、あのような映像として人々の眼に飛びこんでくるのではないかと、私は思います。でも今、私は、それをどうすることも出来ない、空しさと哀しみに苛まれてしまいます。ほんとうの解決とは、いったいどこにあるのでしょうか。もう私達は充分すぎるほど文明を謳歌したのではないでしょうか。これ以上のものを欲しがり期待するのはやめにしませんか。いまこそ私達は、いまある文明をもう一度見直し振り返り、他の人々、他の生きもの達のことなども思いやる心のゆとりをとり戻さなければ、今度の戦火のせいだけではなく、私達の生活、生き方、考えのあらゆる在り方の故に、自らの生命、自らの生命の星地球を滅ぼし、死の世界にしてしまうことになりかねないと思います。私達の歴史の中では、昔からさまざまな予言的なことがらが語られてきました。それが今でもあるかどうかは別としても、今は、これまでの人の歴史始まって以来の大きな危機の前に立っていると思わざるを得ません。水中生物の中では、もう既にたくさんの生き物たちのメス化が始まり、拡大し、生命の連鎖もたち切られつつあります。また天空をみれば、ラピュタの城ならぬ巨大なオゾンホールが口を開け、これまで閉ざされていたさまざまな有害物質が地上に注がれているわけです。これらは全て私達文明社会に生きる一人一人の責任である、と思うのです。眼にさだかに見えない生物世界の中に、静かに音もなく、確実に広がりつつある死の世界のことを思う時、もうこんな報復騒ぎはやめにして、再び新しい生命の芽生え、生命の連鎖をとり戻すことを真剣に考えなくてはならないのでは、と思います。でもあの人達は、戦火にまみれ核汚染しつくした地球を捨て、宇宙ステーションの中で暮らせばいい、と思っているのかもしれません。

 この地上での人としての長い歴史の中で、人は本当に進化してきたのでしょうか?物的に、科学的に進化した分、精神面ではむしろ退化してしまったようにも思えます。子供のやったやられたの世界のままに、大の大人達がよってたかってチャンバラごっこをやっています。どうぞもうこのようなこと終わりになりますように…。

生命の重さ、軽さ?

 先月九月三十日のことでした。"風の船"、というNGOによるチャリティコンサートが近くの武蔵野公会堂でありました。キム・シンさんという方のシンセサイザーの演奏でしたが、チャリティの目的は、心ならずもHIVに感染してしまったネパールの女性や子供たち、そして信じがたいほど大変な状況下に置かれたペルーの子供たちの為のものでした。

 HIVに感染した人々は、いま世界各地にくまなく広がり、正確にその数を知ることは出来ないだろうと思います。日本でも製薬会社や、元厚生省などの全くの経済優先による生命を軽視した在り方の中で、沢山の血友病の方々が、ならなくても良かったはずの病原菌を取り込み感染し、発病し、亡くなられていく、といった痛ましい事件が起き、本質的なことが何も解決されないままここに至っています。そして世界各地のとても貧しい国々では、富める国々からの買春ツアーなどが起因し、もうどうにも手のほどこしようのない状態で野火のように広がり、蔓延しつくしているといってもいいのかと思います。そしてそれは大人だけではなく、HIVの広がりと共に買春対象はどんどん低年齢化していき、それに伴い感染者も低年齢化し、留まるところを知りません。もちろん生まれながらすでに感染している、という赤ちゃんの存在も多くあります。

 ネパールに話を戻しますと、いま若い女性や幼い子供たちが沢山誘拐されてしまうそうです。そして、女性たちは売春婦に、そして男の子たちは内臓を抜き取られて放置される。もちろん生命は失われます。抜き取られた内臓は、お金があり医療の進んだ先進国へと送られます。そして「内臓移植」という商売が成りたつ、というわけです。その日のコンサートの収益金は、そうした子供たちや女性のために新設された"母の家"、という施設に送られるとのことでした。ところが同じその日のことです。このヤドカリに戻り、ふと広げた新聞の中に、"「最後のチャンスにかけたい」肝移植で渡米○○さん"という若い女性の写真入りの記事があり、思わずギョッとしてしまいました。アメリカで内臓移植を受けるには滞在費なども含め、約七千万円ほどかかるとのこと、毎週街頭募金などして約六千八百万円が集り、渡米し手術を受けることになったという内容のものです。

 ついでに記しますと、内臓移植については次のような話もあります。日本ではまさかそういうことはないのでしょうが、アジアのいろんな国々では、服役する死刑囚が内臓提供を承諾しますと、その日から食事その他の待遇がとても良くなるそうです。まるでホアグラのような話ですが、とにかくいい健康状態になったとき刑の執行がなされ、移植を待つ人々の体内に移されていく、というのです。もちろんそれは、お金のある国と人々のところへですが、そのような死因の内臓を形成する細胞は、いったいどんな記憶を持ってその後の人生を生きるのか、と思います。それほどに人の生命、"生きる"ということが大切であるならば、それは地上にある全ての"生命"に対しても同じように考えるべきことがらではないでしょうか。片や、さらわれ、内臓を抜き取られて死亡する者あり、片や、数千万円かけて救われる生命あり…。同じ生命でもなんたる違いか、と言葉を失います。それこそ生命の軽さ重さ、富める国と貧しい国との大きな格差、こんなところからもテロの原因は生まれ出るのかもしれません。

白い"不戦のリボン"を作りました。

 私は今度の報復行為に対して何とか意志表示したいと考えた末、ある若者の書いた投書にヒントを得て、とても簡単な白いリボンを作りました。白いリボンは"平和の徽"という人もいますが、私は"不戦のリボン"と名付けました。"平和"という言葉は、"平和の戦い"とか"核の平和利用"などと、とても都合よく使われてしまいます。そうではなくもっとはっきりと、"もうこれ以上戦い、殺し合うのはやめましょう"の思いをこめました。このリボンはいろんな方々に送り続けていますが、何人かの国会議員の方にも送りました。その中で衆議院の川田悦子さんからは、「さっそく秘書と共にこのリボンをつけて行動しています」という礼状をもらいました。今日、衆議院の中村敦夫さんからも同じような内容のハガキが届きました。小さな試み、小さな意志表示ですが、もしつけてみよう、と思われる方がありましたら御連絡下さい。送らせていただきます。もちろん誰方にも簡単に作れます。

 最後になりましたが、この度アメリカで亡くなられた沢山の方々、そして新たにアフガニスタン国内で殺戮されつつある多くの犠牲者の方々の御冥福を、心からお祈り致します。この地上に再び生まれ変わる時があるならば、もっともっと良い人生でありますように…。

山田 征


 

もうすぐ2000年、今世紀最後の年
もう少し不便でも、もう少し貧しくシンプルでもいいのではないですか?
地上に生きるすべての者が、等しく豊かに生きられるために……。


 大昔の人々と友だちになってみませんか。電気やガスどころか、金属の道具もなく、木や土や石など自然の材を使って生きていた大昔の人々のくらしぶりをのぞいてみませんか。今の私たちの生活に比べたら、それは不便なくらしに見えるでしょう。でも、大昔の人々は、今の私たちよりもずっと豊かな自然のめぐみのなかで、平和にたくましく生きていました。日本列島は、気候や海流のおかげで、植物がとてもよく生え、森の動物や鳥たち、魚も貝も豊富です。火山列島だから、鉱物資源の種類もたくさんあります。だから、人間にとっても、自然界の食べ物や生活の材料に不足はないし、四季の変化があってくらしやすい島だったのです。大昔の人々は、今の私たちよりもはるかにそうした自然のめぐみを大切に思い、自然とともに生きる知恵を持っていました。
 ところが人間は、科学技術が発達し、大きな機械を使うようになってから、自然を大規模に破壊し始めました。より便利で快適な暮らしをするために、山を崩し、森の木を切り、海を埋め立てて、動物や鳥や魚は住むところを奪われました。コンクリートに包まれた街、車の排気ガスで汚れた空気、人間の出す排水で汚れた水、木を失った山……。
 そして今、人間が地球の自然のバランスをこわしすぎ、地球は危機をむかえています。森の木を切りすぎて、地球は急速に砂漠化しています。人間が電気や石油やガスをたくさん使うようになったため、地球の温暖化が進んでいます。このままでは、2100年には平均気温が2度高くなるといわれています。いまから5000〜6000年ほど前も、いまより気温が2度ほど高く、氷河の水がとけて海の水が増え、大阪平野も関東平野もほとんど海にしずみました。そのころの地形を復元した地図は、自然の恐ろしさを教えてくれています。
 私たちは、自分たちがどれほど自然を失ったのか、気がついていないのかもしれません。大昔の人々は、自然とともに生きていました。そんな大昔の人々と友だちになってみませんか。人間が豊かな自然のなかで生き生きとくらしていた時代のことを、のぞいてみませんか。
〈佐古和枝「森と海のめぐみ」より〉


 1999年という年も、あとほんの数日、ひとまたぎで終わろうとしています。なんとせわしない一年であったことか、と思いつつこれを書き始めました。過去からさまざまに語られ言われ続けてきた、恐ろしくドラマチックな予言もありましたが、何ごともなく夏がすぎ秋がすぎ、いま冬に入り年の瀬を迎えています。ところが過去のどこでも言われていなかった伏兵が、いまムクムクと頭をもたげ2000年を迎えようとしています。新聞でもラジオでもテレビでも、最近は日本の首相、小渕総理大臣自らが、声で写真で映像でさまざまに登場しながら「今年の大晦日はいつもと少し違った準備をお願いします」とくり返し、3日分ほどの水と燃料、そして食べ物の備えをするよう呼びかけをしています。つまりこれは例のコンピューターにまつわる2000年問題への備え、のことですが……。はたしてその日、その時何が起きるやら、起きないのやら。私達は今、何と大きなギャンブルの前にいることでしょうか。大方の人の考えは、「どうぞ何ごとも起きませんように……」ということだと思いますが、ほとんどの人達はあまり状況がよくはのみこめず、何の心配もしていないのでは、と思います。この通信がみなさまのお手元に届くころには、たぶん私達はことの結末、あるいは進行過程をみていることと思います。この私自身は、あっても無くてもとても辛いものがあるな……と考えています。

 初めに紹介しました文章は、今年になって知りあいました関西外語大学助教授の佐古和枝さんの書かれたものです。佐古さんは鳥取県にある名山、大山の麓で新たに発見された弥生時代の遺跡、妻木晩田遺跡をゴルフ場建設から守るために立ち上がった人です。初めは一度始めた開発事業を途中で変えることを嫌う県がなかなか同意しませんでしたが、この春やっとのことで全面保存の認可が出されました。その厳しい運動の中で作られたのが「考古学は楽しい」という全3巻のシリーズ絵本ですが、その中の一冊「森と海のめぐみ」のプロローグとして書かれたものです。子供向けに書かれたこの短い文章の中に、言いたいこと、大切なことの全てがあると思い借用致しました。今を昔に引き戻すことは出来ませんが、私達はこの言葉をくり返しくり返し読んでみて、いまの自分やまわりの社会の在り方をよくよく考え振り返ってみなければいけないのでは、と心から思います。このままの勢いで突き進んでしまえば、私達人間の未来は決して明るくはない、ということです。あまりにも不安材料が多すぎます。私達人間の暮らしぶりは、自然界のルール、本来在るべき姿からあまりにも大きく逸脱してしまったとは思わないでしょうか。昔昔の人達は、今から思えばとても不便で貧しく、あるいは野蛮とも思える生活の在り方の中で、充分に楽しく豊かに生きてきたのだと思います。そして人間が良かれと思い辿ってきた歴史の中で、文明が発達し便利になり、物質的に、あるいは経済的に豊かになればなる程に、人の不幸や不平不満、不平等といった“不”のつく世界が大きく広がってしまったのだと思っています。

 ここ数年、いえ二十数年来と言ったらいいでしょうか、私の家はいつも沢山の“物”が集まってくる家でした。以前は各地に在る知り合いの農家や、新しく地方に入植した農家の人達などに送る衣類や布団など、そして食器や家具等もわざわざ集めた時期がありました。それがいつのまにか回りの人達の意識の中に定着してしまい、自分のところで要らなくなった家具や電気製品その他あらゆるものが持ちこまれるようになりました。ほとんどの場合、新しいデザインへの買い替えが多く、持ちこまれる物は全て、まだまだ使えるものばかりでした。ですから我が家は新しい物はほとんど買わず、よそで必要としなくなったものを着たり使ったりの年月を重ねてきました。ですからたまに新しい物を購入する時は大変な勇気がいりますし、気持の上では罪悪感が伴ったりしてしまいます。「いまほんとうにこういう物を買う必要があるのかどうか?」、とつくづく考えてしまうのです。

 ここ数年は海外に送るための援助物資、そして今年になってからはホームレス、野宿の人達に回すためのあれこれを集めています。そして我がヤドカリハウスはみるみる援助物資、衣類の山に埋めつくされてしまいました。いまもそういう物の谷間に座りこれを書いています。ほんとは我が家に到着したもの、すぐに右から左へと手渡していけばよいと思うのですが、現実はなかなかそうはいきません。夏になる時、冬物が届き、冬に入る時、夏物が届く、なんてことがいやというほどあるからです。季節にあった物が届けばすぐに活用出来ますが、そうでないためまた半年を寝かさなければなりません。本当に必要な物以外のいろんなものが届きます。ほんとにあらゆる物です。送って下さった方も捨てるに捨てられず、長い間押入れやタンスに大事にしまっておいたものが多いのだと思います。私に送ることによって多分ほっとされているのではないかな……と思います。みんな心のどこかにただは捨てたくはない、ゴミにしたくはない、という思いがあるのではないでしょうか?。そして受け取った私もいま同じに思っています。ですからいま私は、物、物、物の谷間にいます。日本という国は、ほんとに物質的には豊かな国だと思います。その証しが私のまわりにあります。お送り下さった方々にはとても感謝しています。ありがとうございました。決して悪く言ってるのではありませんので誤解なさらないで下さい。

 さて、ここまで書いてちょっとばかりため息が出てしまいました。この文章を書き始めた時私は、いったい何を書きたいと思ったのかな……?、と思ったわけです。こうして物だけではなく他のものの在り方も全て、このありあまる“物”のように必要以上のもの、必要以上に過剰で便利なものの中にいて、いま私達は溺れそうに、いえもうすでに溺れてしまっているのだと思います。本当に必要な物の量、便利さの度合をとうに越えてしまい、それこそはあの東海村で起きた放射能事故のように、いつ臨界点を越えてしまってもおかしくない状況の中にいる、とは思いませんか?。私達はほんとうに大切なものをとうの昔に見失い、何か“文明とは素晴らしい”という幻覚の中で生きているのかもしれません。

 あと数日で2000年1月1日、その日その時何があってもなくっても、その日を境に私達は昔を今に、少しだけたぐり寄せてみるのはどうでしょうか?。デンキ製品をもうこれ以上増やさないで、出来たら減らし、体を包む衣類だってそんなにそんなに次々と買いこまないで、車もせめて20万キロ位(私のはいま15年め、23万5千キロを越えました)は乗るようにして、そして本来人の手で充分やれるはずの仕事を次々機械の手に委ねてしまわないで、出来たら人の手にとり戻し、食べ物だって季節季節の物を口にする。出来たら身土不二の例えのように、自分の国で、自分の身近なところで出来るもの、採れるものを大切にしていく、そうすれば少しすづ少しずつ、そして気がついたら何かがとても大きく変わっていた、ということにはならないでしょうか?。

 せっかくこの世に人として生まれた全ての人達が、飢えて死んだり路上で死んでしまったり、人と人とが憎みあい、殺しあい奪いあわなくてもいいように、自分の身のほどのものを持つように、あれもこれも欲しがらないで、人間以外の沢山の生きもの達をもうこれ以上犠牲にし自然のサイクルを失わないために、私達はもう少し不便でも、もう少し貧しくてもいいのではないでしょうか?。もう少しシンプルな生き方を選択するのはどうでしょうか?。この地球上にこれから先も、人間という種が安心して住み続けていくことを願うとしたら、目先の利害は少しがまんしなければ、と思うのですが……。それがいまこうして、物の谷間で私が思ってる切なる思いです。これまで何度も書いたテーマを、またこうして書いてしまいました。


洗濯には何をお使いですか?


 衣服を着けて暮らす者にとって、洗濯は欠かすことの出来ないごく日常的な作業ですが、皆さんのお宅ではどうしていらっしゃいますか?。それこそ人さまざま、お国柄、民族の違いなどでいろんな洗い方があると思います。でも今はごく普通に日本の暮らしの中で、にしぼりたいと思いますがどうでしょうか。そうしますと一番多いのが、石油から何かを作る過程で副産物として出来てしまうと言われる、合成洗剤が一番多いのではないでしょうか。最近は洗剤の全く要らないと言われる強力な○○水とか、あるいはセラミックボール、炭やお塩を使った洗い方等々、いろいろなものが出てきています。それはそれでみな良いものだと思いますが、一番シンプルで強力なのは、ただの水洗い、つまり予洗という方法だと私は思っています。特別な何かを使わなくても、よっぽどの汚れ以外はただの水洗いで7,8割から8,9割方は落ちてしまうと思います。私の場合、それで気になるものはその後、長年使ってきた大豆油(溶点がとても低いので冷たい水でも充分溶けるし、よくすすげます)で作った"サンダー"という石けんをほんのちょっと入れて洗います。純度の高いこの石けんは、サンダー(雷)の名のように驚くほどよく落ちます。石けん使っても、ほんの少しであればすすぎも簡単です。合成洗剤を使うことは、自分自身の体にももちろんのこと、環境に対しても、他の生き物たちに対しても大変な悪影響を及ぼすことは、みなさますでによくご存知のことと思います。知ってはいるけどやめられない、変えられないではすまない時代はもうすぐ目の前にあります。

 最近は"環境ホルモン"という言葉をよくききます。ただきくだけだったら別にどうってことないわけですが、その言葉の持つ現実はとても恐ろしいものだと思います。自然界の生き物たちのオスメスがそのバランスを崩してしまった、ということでしょうか?。つまり、本来オスであるはずの個体が、その機能を果たせなくなったり、メスである個体がオス化してしまいメスの機能を果たせず、従ってその子孫を残せない。つまり絶滅路線を歩いてしまう、ということのようです。その原因は全て、私達人間の暮らしの在り方、生きる姿勢の中にあると私は思います。私達が石油を原料としたさまざまなものを取り入れ、いわゆる"石油文明"というものの中にどっぷりつかりすぎた賜物である、というわけです。竹とか木とか草やワラ、といった自然界の素材で出来ていたさまざまなものを、ほとんど全て石油製品に置き換えてしまいました。そして世界は、その石油をめぐる奪い合いで沢山の争いごと、戦争を繰り広げています。核の汚染というか脅威に対してはよく、その影響力の持つ半減期といったものが言われ恐れられていますが、私達の日常生活の中にあるさまざまな洗剤や農薬、食品添加物といった化学物質の持つ悪影響もまた、核の持つそれと全く同じで子々孫々にまで長期に及ぶものばかりだと思います。つまり、自然界のさまざまな生き物たちが、その生殖機能を失い子孫を残せなくなったという現実は、いつか人間にとっても同じ結果として現れるということだと思います。

 食器や衣類やトイレやお風呂、そして私達の体、髪の毛、それらが見た目で綺麗になっても、その汚水は自然の生態系をジワジワと締め付け殺し、その度合はそのうち臨界を越えてしまう、そんなことのないように、この2000年を機に生活の在り方全般をよく見直してみるのはどうでしょうか?。こんなこといろいろ話し合ってみる機会、ぜひ作っていけたらと思います。どうぞお声をかけてみて下さいませんか?。これは絶望に向かうためでなく、ぜひ希望に向かっていきたいからなのですが…。どうぞよろしくお願い致します。            山田 征


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